宍塚歴史年表

時代 年号 西暦 歴  史
縄文 前期 約6000年前 宍塚貝塚(竪穴式住居跡から遺物)現在地不明
縄文 中〜後期 4〜5000年前 上高津貝塚(国指定史跡)
弥生   1世紀〜 上高津貝塚で弥生式土器出土
古墳   4〜6世紀 宍塚古墳群
大和 大化元 645 大化の改新
  大宝元 701 信太郡を設置
奈良 和銅3 710 平城京遷都
平安 延暦13 794 平安京遷都
  天暦元 947 宍塚般若寺を平将門の孫安寿姫が建立(寺伝による)
鎌倉 建長4 1252 忍性、関東に下り三村山極楽寺に入る
  建長5 1253 宍塚般若寺に建長5年の結界石
  建治元 1275 丹知久友、宍塚般若寺銅鐘を造る
室町 永禄7 1564 上杉謙信小田城包囲
      佐竹義重土浦城攻撃
  永禄8 1565 佐竹義重、佐野子に満蔵寺開基
安土桃山 文禄6 1595 宍塚村検地
江戸 宝暦10 1760 粕毛阿弥陀堂建立
  天明6 1789 大洪水
  天保6 1835 大洪水
  天保7 1836 大洪水
  弘化3 1846 大洪水
  嘉永2 1849 大洪水
  安政4 1857 大洪水、飯田・佐野子冠水
  元治元 1864 水戸天狗党、真鍋襲撃
  慶応3 1867 大政奉還
明治 明治3 1870 洪水
  明治4 1871 茨城県誕生
      宍塚学舎開学
  明治10 1877 宍塚学校、般若寺に開学
  明治17 1884 宍塚小学校校舎竣工
  明治20 1887 宍塚小学校、下高津尋常小学校の分教場に
  明治21 1888 洪水
  明治22 1889 中家村(三高津・飯田・粕毛・佐野子・宍塚・矢作)誕生
      中家尋常小学校宍塚分校と改称
  明治23 1890 洪水
  明治25 1892 宍塚尋常小学校設置
  明治29 1896 酒井為太郎、中家農会設立(宍塚尋常小学校で)
  明治30 1897 洪水
  明治35 1902 暴風雨で宍塚尋常小学校校舎倒壊
  明治38 1905 佐野子・虫掛間に橋(凱旋橋)
  明治39 1906 佐野子堤防工事
  明治40 1907 大洪水
  明治42 1909 宍塚尋常小学校校舎竣工
  明治43 1910 宍塚尋常高等小学校と改称
      大洪水
  明治44 1911 宍塚尋常小学校に農業科加設
大正 大正元 1912 飯田、三島・諏訪・鹿島神社を合併し「三神社」を建てる(現在に至る)
      宍塚小で一坪農業運動(酒井為太郎提案)説明会
参考文献:「旧中家村史」「中家ものがたり」

般若寺

般若寺

般若寺  宍塚小学校のすぐとなりにあり、土浦市の文化財の宝庫といわれています。
 言い伝えでは、947年平将門の娘安寿姫によって建てられたとされています。 その頃は現在土浦学園線が通っている台地上にあったという話もあります。
 昔は五重塔がそびえる大きな寺であった(そのように記された瓦が出土しています)そうですが、 戦国時代、佐竹氏と小田氏との戦場となり焼失しました。 般若寺がいつだれによって建てられたかは正確にはわからないことが多く、「謎の寺」とも言われています。
 写真は般若寺釈迦如来像。(県指定文化財)鎌倉時代後期作。 鎌倉の極楽寺釈迦如来像と近い関係にあるそうです。



五輪の塔

県指定文化財 般若寺五輪の塔

五輪の塔  14世紀中頃につくられた。つくば市三村山極楽寺に次ぐ大きさ。
 銅鐘をつくった大勧進源海の墓ともいわれる。
 五輪の塔は下から順に、地(ア)・水(バ)・火(ラ)・風(カ)・空(キャ)を表しています。





宍塚古墳群

宍塚古墳群(大白山古墳)

宍塚古墳群  宍塚古墳群2号墳。
円墳とされているが登ってみると前方後円墳のよう。
 上高津貝塚考古資料館の石川功学芸員さんは、帆立貝形古墳の可能性を指摘しています。(全長約40m)






佐野子

佐野子川面遺跡

佐野子  かつて佐野子には河岸があったといいます。
 写真は佐野子満蔵寺跡です。






後生車(ごしょぐるま)

矢作の後生車

後生車  宍塚と矢作の境を流れる用水路の縁にある。
 江戸時代か明治時代に、この付近の道路の普請をした際に大量の人骨が出たため、それを供養するために建てられた。 かつては現在の3倍ぐらいの高さがあったそうだが、重さのために徐々に沈み込んでしまい今のような状態になった。
 中に木製の輪が付いている。
 子どもたちの間では、手前に回すと明日は晴れ、向こう側に回すと雨と言われている。




虫送り

虫送り

虫送り  農薬や殺虫剤のない頃は、虫たちに農作物を食い荒らされることなどに対してどうすることもできませんでした。 人々は神様や仏様にすがることで被害を防ごうと考えていました。
 土浦市飯田町で行われている虫送り(アブラムシ)の様子は、今から百年ほど昔にはちっともめずらしい光景ではなかったのです。
 太鼓や鉦を打ち鳴らして村中を回り、村境へ害虫を追いやる虫送りは、実際に音によって虫を追い払うという効果もありましたが、 悪霊を人形やわら細工に移したり、念仏を唱えたりすることによって追いやるという面が強かったようです。
 飯田町のアブラムシ(市指定無形民俗文化財)は子供たちの行事です。
 篠竹にタワラボッチ(桟俵)を押したものを持って[「油虫どうがんだ、どうがんだ、どうがんだ、ざあざあと降ってこい」 とはやしながら、太鼓や鉦を鳴らして村を回り、最後には桜川に流します。
 「油虫どうがんだ…」のはやし言葉が、佐野子町の盆綱の「仏様のーらっせ…」というはやし言葉と非常に似た節回しになっているそうです。 (土浦市立博物館資料より)



的打ち(まとぶち)

的打ち

的打ち  矢作町の鹿島神社で10月の第3日曜日に行われる行事です。収穫を感謝する神事と言われています。
 説明していただいているのは、矢作町の大塚さん。






阿弥陀堂

粕毛阿弥陀堂

阿弥陀堂 市指定文化財で1760年(宝暦10年)創建。







上高津貝塚

上高津貝塚考古資料館

上高津貝塚  上高津貝塚ふるさと歴史の広場にある考古資料館。
常設展示で『上高津貝塚と縄文時代の生活』を見ることができます。
上高津貝塚ふるさと歴史の広場ホームページ
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